性能はメルセデス、美しさはジャガー、品質は日本車とさえいわれていた時代もあった。
そのメルセデスに異変が起こった。
一九九〇年代中ごろであった。
当時のH・ヴェルナ社長は、同社の未来戦略をつぎのように構築した。
あった。
需要層の深い戦場に突入するものの、競争のはげしい商品ばかりであった。
その後Aクラスとなった。
それぞれ仮想ライバルを設定、あえて競争的価格で挑んだ。
これで、かつての高級乗用車オンリーの街道を歩む経営路線に決別した。
中級車メーカーBMWは、ローバー・グループを全株買収して、ミニカー、四輪駆動車(4WD)の分野に進出した。
さらに、超高級車ロールス・ロイスの買収に乗り出したがさきを越されたVWにさらわれた形となった。
結局二〇〇三年以降、BMWがロールス・ロイスのブランドを使用、VWはベンレのみブランドを使うことになった。
VWは、その後も超高級車分野をねらっている。
同社の傘下にあるアウディ事業部が九八年六月、ランボルギーニを買収したのにつづいて、ブガッティを買収した。
同時にポルシェとSUVを共同開発しようとしている。
というわけで、ヨーロッパ自動車業界は、好調の波を利して、いま各企業が大幅な拡大路線を歩んでいる。
これは、戦後はじめての現象であろう。
市場開拓も生産拠点も、このところいっきょに地球化してきた感じが強いのである。
経営者の歩んできた道が、会社の路線に大きくひびいている例は、しばしばみられる。
VW現会長F・ピエヒ氏は、前職がアウディ社長であった。
その前がポルシェKG技術部次長であった。
いまVWは、アウディ、セア、シュコダを傘下におさめている。
とくに、九八年ヨーロッパ実績でVW最大の販売伸び率をみせたのは、三六・八%のシュコダだった。
九七年二万五二四九台からいっきょに一五万七六二七万台に躍り出た。
ただ、量からいえば、アウディの比ではなかった。
アウディは、九八年販売台数が四八万六七三四台、前年比五・六%伸びた。
ここで注目すべきは、宿敵だったBMWをついに抜いたことだった」の販売は、この年四四万四九七九台、前年比三・三%の増加ではあった。
アウディがBMWに逆転したのは、これで連続二年のことで、快挙であった。
この一連の好調は、やはり、ピエヒ会長みずから陣頭指揮をとった高級車づくりの執念の賜物であった。
同会長は、毎年数回、同社技術担当重役を同行して成田に飛来、空港に用意された最新型日本車を徹底的に試乗して、ンポ返りで帰国するという伝説がある。
この執念が、会長就任五年、ようや実ったのである。
それどころか、ピエヒ会長はこのアウディ部門に、九八年から二〇〇二年にかけて十〇億マルク(約八二三〇億円)の投資を考えている。
ひとつには、いま生産能力が不足している工場の拡張のため、もうひとつは新車開発のためである。
そこに舞い込んできたのがロールス・ロイス社の売却話だった。
これに手を出さないはずはなかった。
この拡大路線を突っ走るかたわら、ピエヒ会長の最優先課題は、なんといってもコスト削減である。
ピエヒ会長は九八年、コスト削減計画を、つぎのように打ち出した。
VW、アウディ、シュコダ、セアを構成する一六の基本プラッフームを、最終的に四プラットフームにする。
それによるコスト削減目標を一〇%とする。
五五歳以上の従業員を対象に、労働時間を半減、賃金を一五%削減する。
そのかわり、若年層一〇〇〇人を新規採用して、全体の若返りと人件費コストの削減をねらう。
ドイツ本国では、すでに九七年六月より実施ずみ。
いま世界中の生産拠点で、同じようなプログラムを推進中である。
たとえば、ブラジルVWでは、二〇〇〇年後半からワールド・カー(後述)を生産するため、従業員の二五%整理または人件費の二五%カッ諸手当を削減することで、一カ月あたり一・二%の人件費カットのメドがついた。
VWは、いまブラジル(レゼンデ)に画期的な工場を稼働させている。
部品企業七社を工場敷地内に取り込んだ、いわゆる″共生(モジュール)工場″である。
現在はトラック工場だが、この工場の組立て時間は一台六時間。
ドイツ本国では一台三六時間かかるという。
しかも、人件費は日給二〇ドルと安く 、総コストはドイツの半分ですむ。
この方式が成功すれば、東欧、中国はじめ、全世界で採用する方針だという(詳細は次章参照)0このように、VWがいま必死でコストを攻めている背景はなにか。
これには、ひそかな世界戦略車への夢があるからだo戦後、VWは一貰して大衆車を生産してきた。
社名VolkSwagen(国民車)の原点を忘れてはいなかった。
九八年北米国際自動車ショーで発した新型ピールは、いまもってその原点が健在であることを示した。
その夢をひっさげて、VWはいま世界戦略卓構想を展開している。
それは、通称pQ二四という。
そのため、九八年から二〇〇二年までに三五億ドル(約四七〇〇億円)の投資を予定しているという。
生産拠点には、ブラジルの二工場をあてる。
あわせて、ポルシェとSUVを共同開発する予定だ。
前述したように、ポルシェはピエヒ会長の古巣である。
新型車はそれぞれプラッフームを同じにして、ちがった車として売る意向である.VWの社内呼称は、SO(MultiActivityVehicle)で、新型エンジン」!搭載の可能性もある。
ポルシェ側では、Elというコードネームをつけている。
いまのポルシェは、ニュー911を完全モデルチェンジして、業績はきわめて好調である。
勢いに乗っているのである。
そういう流れに乗ったときに開発される卓は、それなりにいい車が生まれる可能性が高い。
発売は、二〇〇二年である。
価格は三万ドル前後か。
こうして、ピエヒ会長は、VWグループのフルライン化を画策している。
「ピエヒの血液には、ガソリンが混ざっている」といわれるほどの自動車好きである。
生産拠点の拡大主義を展開した前会長ハーン博士のあとを継いで、今度は商品の拡大主義(フルライン化)をはからないはずがない。
ロールス・ロイス(二〇〇三年からはベンレ)は、その最高級車レンジの構成に欠かせない戦略拠点である。
この伝統は、いまピエヒ会長の血を沸かしている。
すでに最高級スポーツカーとしてのランボルギーニを傘下におさめた。
九八年七月二三日のことであった。
さきにVWは、巨額の資金調達を終えた。
それからの再編用の資金といううわさがしきりである。
九八年のフランス乗用車販売は、ヨーロッパ主要四カ国(英、狙、仏、伊)のなかで、一三・五%増と、最高の伸びを示した。
その前年九七年は、四カ国のなかでなんと四位で最悪の年だった。
その危機感が、各社を襲った。
さらに、日本のトップ企業トヨタが地元に工場進出を決定した。
それも危機感をあおった。
その危機感をあおられて、ルノー会長L・シュバイツァー氏は、九八年一月、部品企業対策を発した。
通称「オプティマ計画」である。
これは、部品の納入価格を抑えて、コスト・ダウンをはかろうというねらいである。
この企業は、九六年に大幅な赤字(五二億フラン)を計上した。
その危機感からか、九七年に購入部品価格をじつに大幅に引き下げることに成功した。
引下げ幅は八%に達した。
それに勢いを得て、ならば今後三年間に部品の納入価格を四〇〇〇億円(二〇〇億フラン)引き下げようというのが、このオプティマ計画の目標である。
ルノーとしては、いま一二〇〇社ある関連部品企業の数を、究極的には一五〇社にしぼり込む戦略をとるつもりでいる。
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